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各地域の神社一覧紹介 各地域のお寺一覧紹介

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阿紀神社(あきじんじゃ)

阿紀神社(あきじんじゃ)

垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が天照大神を祀った宇多の秋志野(阿紀)宮が社の起こりといわれ、古くより大和朝廷と深い関係があった。杉木立に覆われた境内には、神明造りの本殿と能舞台があり、寛文年間から大正時代の頃まで能楽興業が行われた。

墨坂神社(すみさかじんじゃ)

墨坂神社(すみさかじんじゃ)

社記によると神武天皇御東征当時、墨坂の地にすでに祀られていた神々で天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那技神・伊邪那美神・大物主神の六柱神の総称が墨坂大神である。

八咫烏神社(やたからすじんじゃ)

八咫烏神社(やたからすじんじゃ)

この神社でお祀りしている八咫烏(武角身命)は、神武天皇が日向(宮崎県)から大和地方へご東征になった説話の中で、天皇の軍隊を熊野から大和に導き入れた、つまり道案内の役割を果たしたと伝える。

龍穴神社(りゅうけつじんじゃ)

龍穴神社(りゅうけつじんじゃ)

現在、祭神は高おかみ神と言われているが拝殿に「善女竜王社」と記されていることから古代は竜王であったと思われる。室生寺よりも古い歴史をもつ古社で、水の神「龍神」が祀られている。

宇太水分神社(うたみくまりじんじゃ)

宇太水分神社(うたみくまりじんじゃ)

10月の第3日曜日には、醍醐天皇の時代、昌泰元(898)年から始まった由緒ある「お渡り(秋祭り)」が行われます。本殿(三社造)は国宝。

桜実神社(さくらみじんじゃ)

桜実神社(さくらみじんじゃ)

この社地は神武天皇東征の菟田の高城の伝承地である。境内には天皇が大和平定のために陣を張っていたときに植えられたものと伝えられている八ツ房杉がある。

八つ房杉

八つ房杉

永和3(1377)年の創建となっているが縁起によると真宗に帰依し、本願寺証如宗主の弟子となった旧領主伊藤掃部頭の弟子伊藤五郎太夫が元亀2(1571)年法隆寺で聖徳太子の霊告により本寺を建てたと伝えられる。

徳源寺(とくげんじ)

徳源寺(とくげんじ)

織田松山藩が藩主の菩提所として、京都北野の古寝殿を移築し本堂として創建した(現在は廃寺)境内の奥の木立の中には藩祖信雄(織田信長の次男)、高長、長頼、信武の四代の五輪塔がある。

法正寺(ほうしょうじ)

法正寺(ほうしょうじ)

お馴染みの水戸黄門家臣佐々助三郎のモデルとされる人物「佐々介三郎宗淳」の父、佐々義斉(直尚)の墓、位牌が現存していることで有名。

宗佑寺(そうゆうじ)

宗佑寺(そうゆうじ)

伊勢街道阿保越え道沿いにあるお寺で、寺伝では聖徳太子の開基。一時は衰退したが、永禄年間に織田信長の家臣服部宗佑が再建。重要文化財である「木造多聞天立像」(平安時代の作)や「絹本著色仏涅槃図三幅」(鎌倉時代の作)は寺宝。

戒長寺(かいちょうじ)

戒長寺(かいちょうじ)

戒場山のすそ野にある静かな山寺。薬師如来座像を本尊とし、俗に戒場薬師と呼ばれる。聖徳太子の創建と伝えられ、藤原時代には地方の戒律道場として栄えた。

佛隆寺(ぶつりゅうじ)

佛隆寺(ぶつりゅうじ)

嘉祥3(850)年、弘法大師(空海)の高弟堅恵によって創建され、本尊は十一面観音菩薩立像で聖徳太子の作と言われる。七堂伽藍の立派なお寺で、室生寺の南門、すなわち正面の門として極寺と末寺の関係にあり、室生寺の宿坊または住職の隠居寺として重要な役目があった。

室生寺(むろうじ)

室生寺(むろうじ)

奈良時代末、東宮(後の桓武天皇)の病気平癒を願った興福寺の名僧、賢憬が創建。現在の寺観を整えたのは賢憬の弟子修円の時代。一説には天武天皇の発願により役小角が創建し、弘法大師(空海)が再興したとも伝える。

大野寺(おおのでら)

大野寺(おおのでら)

慈尊院弥勒寺ともいわれ、室生寺の末寺として古くから「西の大門」と呼ばれる。
白鳳9(681)年に役小角が開き、天長元(824)年に弘法大師(空海)によって堂宇が建てられたと伝える。

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