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更新日:2019年7月16日

宇陀市歴史探訪

いにしえの伝統が多く残る宇陀市には日本最古級の名を持つ
寺社・石像や古式ゆかしい厳粛な祀事や荒ぶる神を思わす勇壮な神事があります。

各社寺や地域の行事等の詳細につきましては現地でしか確認できない場合がございますのでご注意下さい。

宇太水分神社[菟田野地域]Map no.11

国宝重要文化財

緑濃い木立の中に速秋津比古神、天水分神、国水分神の水分三座が祀られています。社伝では、崇神天皇の時代にはじまるといわれ、縁起では、大和国宇陀郡の水分大明神は天照大神の分神で、垂仁天皇の時代に神託によって社殿をかまえたと伝えている。本殿は、連棟社殿で中央と左右の三殿からなる一間社隅木入春日造り(国宝)水分連結造りの古型で、外部は朱塗り。蟇股など細部に鎌倉時代の特徴をみることができます。

龍穴神社[室生地域]Map no.27

室生寺よりも古い歴史をもつ古社で、水の神「龍神」が祀られている。奈良時代から平安にかけて朝廷からの勅使により雨乞いの神事が営まれた。室生の水神信仰は古代からのものであるが、龍穴神社がいつ建てられたかは不明で、龍穴神社が先にあり、室生寺はその神宮寺として建てられたとする説もある。龍神が棲むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」は龍穴神社の上流にあり、古代から何よりも神聖な「磐境」(神の鎮座する区域)とされている。

阿紀神社[大宇陀地域]Map no.4

垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が天照大神をまつった宇多の秋志野(阿紀)宮が社の起こりといわれ、阿紀神社は古より大和朝廷と深い関係があったものといわれてる。
境内に残る能舞台では、寛文年間から大正の頃まで能楽興業が行われた。そこで平成4年より、この由緒ある能舞台で薪能を再開。平成7年には「あきの蛍能」と名前を変え、6月中旬のメインイベントとして開催されるようになった。

墨坂神社[榛原地域]Map no.22

崇神天皇が大和のはやり病を鎮めるため、墨坂の神と逢坂の神を祀ったところ、すっかりおさまったと古事記や日本書紀に記されています。本殿は奈良の春日大社の本殿を移築したもので、朱の色が緑の木々に美しく映えています。

毎年11月3日の秋祭りにお渡りがあります。

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八咫烏神社[榛原地域]Map no.18

この神社でお祭りしている八咫烏(武角身命)は、神武天皇が日向(現在の宮崎県)から大和地方へご東征になった説話の中で、天皇の軍隊を熊野から大和に導き入れた、つまり道案内の役割を果たしたと伝えられている。又、八咫烏神社は慶雲2年(705年)に祭り始められたとされ、大伴氏や八咫烏の子孫といわれる賀茂氏などの氏族が祭祀に大いに努力したと伝承されている。近年は、スポーツの勝利や安全の神社として名を馳せ、境内にはヘディングする八咫烏像がある。

 

桜実神社[菟田野地域]Map no.14

この社地は神武天皇東征の菟田の高城の伝承地である。境内には天皇が大和平定のために陣を張っていたときに植えられたものと伝えられている八ツ房杉がある。ひとつの株から伸びた8本の幹が互いに絡み合い、ある幹は途中で1本になり、再び分かれるといった極めて珍しい巨木で国指定天然記念物。

室生寺[室生地域]Map no.26

奈良時代末、東宮(後の桓武天皇)の病気平癒を願った興福寺の名僧賢憬が創建。現在の寺観を整えたのは賢憬の弟子修円の時代。一説には天武天皇の発願により役小角が創建し、弘法大師空海が再興したとも伝えられている。創始期の姿が見られる唯一の山地寺院として、天平の息吹きを伝える堂宇が散在し、国宝の釈迦如来立像・十一面観音像・釈迦如来坐像をはじめ、仏像や寺宝はどれも超一級の文化財である。
弘法大師が一夜にして建立したと伝承される国宝五重塔は屋外のものでは国内最小。また、石楠花に代表される花の寺としても知られており、空海の開いた女人禁制の高野山に対し、女性の参詣を認めたため「女人高野」と呼ばれている。

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宗祐寺[榛原地域]Map no.23

重要文化財

伊勢街道阿保越え道沿いにある融通念仏宗のお寺です。聖徳太子の開基で、一時は衰退しましたが、織田信長と家臣服部宗祐の力により再建したと伝えられています。寺宝の国重要文化財に指定されている絹本著色仏涅槃図や木造多聞天立像は、お寺の歴史を感じさせます。天井には、百八観音の天井絵が描かれています。また、本堂前には、芭蕉の「梅が香にのっと日の出る山路かな」の句碑があります。

大願寺[大宇陀地域]Map no.6

宇陀松山城主織田信武建立の毘沙門堂もさることながら、境内にある仏足石が希少といわれる大願寺。打ち水された仏足石は造形的にも美しく、思わず手で図案をなぞってみたくなる衝動に駆られる。当寺は真言宗御室派で本尊十一面観音菩薩像は神亀元年(724年)、徳道上人の作といわれ、創建は古く推古時代と伝えられている。

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西光寺[室生地域]Map no.28

宗祐寺の末寺で、西光が天正8年に開基したと言う以外由緒は不明である。城之山と号され、境内にある樹齢300年のしだれ桜が見事である。この桜は、大野寺のしだれ桜の親木と言われ、種が室生川を越えて宇陀川に流れ大野寺で芽吹いたとされています。4月上旬桜祭りが行われています。

大野寺[室生地域]Map no.25

重要文化財

本堂の弥勒菩薩立像の脇に立つ重要文化財の木造地蔵菩薩立像は「身代わり地蔵」と呼ばれ、無実の娘を火あぶりの刑から救ったという伝説が残っている。対岸の岸壁に刻まれている総高13.8m日本最大級の弥勒磨崖仏は、鎌倉時代に後鳥羽上皇の勅願で造立されたもので、史実がはっきりしており、史跡に指定されている。西光寺の桜から分植されたともいわれる枝垂れ桜でも有名。

日張山青蓮寺[菟田野地域]Map no.16

日張山の中腹にひっそりとたたずむ浄土宗の尼寺。建立以来1200年の間このままの姿ではなかったろうかと思われる周囲の景観。奈良朝の時代、右大臣藤原豊成公の娘中将姫にまつわる、哀れにもゆかしい物語を今日に伝え、父との不思議な再会から、この寺を別名「再会寺」と呼び、逢いたい人と夢叶う寺としても人々から親しまれている。

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平井大師[菟田野地域]Map no.9

平井の大師山に残る四国八十八カ所を模した霊場。幕末の石工、丹波の佐吉照信が弟子たちと共に刻んだもので、約100体の石仏が大師山をとりまいています。各石仏には本尊を浮き彫りにして、本尊の仏名、霊場番号、霊場名をきざんでいます。また、この霊場は、嘉永、安政の頃(1848~1859)に各地の施主によって寄進、建立されたものです。

お問い合わせ

農林商工部商工観光課 

宇陀市榛原下井足17番地の3

電話番号:0745-82-2457/IP電話:0745-88-9081

ファックス:0745-82-8211

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